我が輩プテラノドン(わからない人こちら)は、よく奥さんとスーパーで買い物をする。
平日はそうでもないが、土日になるとやはりけっこう混むことが多く、レジの行列が長くなっていることもよくある。
こういう場合はよくイライラするのかもしれない。
我が輩もこういうときはイライラしそうだから、あえてこう考えている。パタパタ
まず高齢者に対しては、
「自分も年を取ったらあれぐらい動けなくなるんだから仕方ないよな。お互い様だよな」
「もしあの高齢者が自分の親だったらどう思うのか」
と考えるし、
そうじゃない場合は、
「いつも店員さんがテキパキにやるのを当たり前と思ってはいけない」
「生活に疲れている人や、生きているのがギリギリの人は動作が遅くなっているのかもしれない」
「不自由さをわかることもまた社会勉強だ」
「何でも自分の言う通りになると思う方が間違いだ」
「レジの進み具合は自分の願望で決まるわけじゃない」
「新人さんかな」「今日が初出勤で緊張しているのかも」
「多様性の時代だから、いろいろな人がいて当たり前と思わなきゃいけない」
と、我が輩は考えることによってイライラしないようにしている。
そうやって前の人の背中を優しく見守っているうちに、気づけば我が輩の順番が回ってくるのである。
イライラして過ごす3分も、誰かを思いやって過ごす3分も、同じ3分。
それなら、カゴの中のシチューのルーを眺めながら、「今夜のご飯、温かくて美味しそうだなパタパタ」とワクワクしている方が、断然ハッピーではないだろうか。
何でも思い通りにいかないこの世界、せめて自分の心の中くらいは、いつも100点満点の温かさで満たしていたいものである。
……と、前の人の背中を仏のような優しい目で見守る我が輩。
ちなみに、我が輩がレジの長い行列に捕まってもイライラせず、前の人の背中を優しく見守れる「仏のメンタル」を維持できているのは、この人のために生きる思いやりの原点を教えてくれる究極の精神防衛書『論語』で日々自己鍛錬をしているからである。これさえ脳内に配備しておけば、どんなにレジが進まなくとも、心の中を100点満点の温かさで完全統治できるのだ。パタパタ
👉【イライラする3分を思いやりの3分へ:我が輩の仏のレジ待ちを支える『論語』はこちら】
決して、前の高齢者のおばあちゃんがカゴに入れている、ちょっと高そうな「期間限定・高級完熟ブドウグミ」をじーっと網膜に焼き付け、「あれはどこに売っていたのだ……! 我が輩の目光らせパトロールの網をすり抜けるとは……!」と、カゴのシチューのルーそっちのけで歯ぎしり(嘴ぎしり)していたわけでは断じてない。ないったら、ない。パタパタ(大冷や汗で目をそらした)。
最後に。人への思いやり(論語)を大切にしながらも、美味しそうな高級グミへの強欲な執着(算盤)を1ミリも忘れないという、我が輩の高度な精神のバランスを完璧に解説してくれるのが、この**道徳と利益の完全合一を説いた渋沢栄一の名著『論語と算盤』**である。これを読めば、貴様もレジのイライラをフッ飛ばしつつ、おばあちゃんのカゴから次のグミのトレンドを鋭くハントするインテリジェンスが身に付くのだ。よかよか!
👉【思いやりとグミへの執着を完全両立:我が輩の生き様を体現する『論語と算盤』はこちら】
みなさんも、レジの行列に捕まったら、前の人のカゴの観察……ではなく、温かい夕食へのワクワクで心を彩ってみてくださいね!ギャース!


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